撮影:平田明浩.提供:毎日新聞社 石と台とハンマーを使ってナッツを割る、チンパンジーのパン
石と台とハンマーを使ってナッツを割るパン

アフリカの森のチンパンジーたちはさまざまな道具を使う。一方,日本の研究所(愛知県犬山市)に暮らすチンパンジーたちは,文字や数字を扱えるようになった。同じひとつの知性なのだが,生活環境が違えば知性の使われ方も異なる。両者をつなぐ試みとして,野生チンパンジーと同様の道具使用の場面をアイたちに用意してみた。

野生では,木のうろにたまった雨水を,葉を使ってすくい取って飲む。そこで,透明なアクリルの筒にジュースを入れた装置を作って,運動場にいるチンパンジーたちに与えてみた。筒には直径10センチほどの穴があり,手を入れるとかろうじてジュースに届く。チンパンジーたちは自発的にさまざまな工夫をした。手近なところに落ちていた棒を穴に入れたり,わらを突っ込んだ。

そのうちプチがコノテヒバを使うようになった。ヒバの枝を折り取って穴に入れる。細かな葉がたくさんのジュースを吸い取る。運動場には60種ほどの木が生えているが,コノテヒバとカイヅカイブキの2種類を好んで使うようになった。ボッソウの野生チンパンジーも,水飲みの道具として現地名ゴンモーの葉を好んで使う。効率の良さが決め手になるようだ。使い終わって放置された道具を別の者が使う。こうして,新しい文化が犬山の群れに広まった。

野生では,木の幹に巣くうアリを,細い棒で釣り出して食べる。そこで,透明なアクリルの板に直径5ミリの小さな穴を開け,ハチミツの入ったつぼを取り付けた。チンパンジーには穴の向こうのハチミツが見える。穴に指を入れようとするが小さすぎて入らない。穴に唇を付けても吸い出せない。チンパンジーはさまざまな素材を使ってなんとかハチミツを取ろうとする。

一人のチンパンジーができるようになったところで,別のチンパンジーを入れてみた。この新参者は,経験者が道具を使ってハチミツをなめ取る様子を注意深く観察する。自分が始める前によく観察するし,自分でやってうまくいかないときに経験者の様子を観察にいく。ここでも経験者の使いさした道具を新参者が好んで使うことが分かった。

野生では,アブラヤシの硬い種を,石でたたき割って中の核を取り出して食べる。そこで,ボッソウの石を持ち帰り,アブラヤシのかわりに硬いマカデミアナッツをアイたちに与えてみた。葉の水飲みやアリ釣りと違って,ナッツ割りは難しい。ハンマーと台と二つ一組の道具が必要だからだ。―回だけ私が石でたたいて割って見せ,後はチンパンジーの自由にさせた。

最初の日,アイは種を台石に乗せたが,手で押したり足で踏んだりして割ることができなかった。クロエは種を台石に乗せ別の石でたたいたがうまく割れない。すぐにあきらめ,私の手に石を持たせて「割ってくれ」とせがむ。パンだけがなんとか種を石でたたき割れるようになった。三者三様がおもしろい。今日も,ナッツをたたき割る母親のそばで,―歳3ヵ月になった娘のパルがナッツをもてあそんでいる。野生で見慣れた光景が,犬山で再現されようとしている。

この記事は, 毎日新聞 連載"松沢哲郎のチンパンジーは進化の隣人" 2001年12月11日の、 『石器使用を再現する』を転載したものです。