撮影:平田明浩.提供:毎日新聞社 父親チンパンジーのアキラにサトウキビをねだる息子チンパンジーのアユム
父親アキラにサトウキビをねだるアユム

毎朝9時から10時半まで,必ずアイ・アユム母子と過ごすようにしている。寒さに負けないよう,アイの手足にオリーブ油を塗る。アユムに笑いかけると,笑顔で答えて首にかじりついてくる。3人だけの静かな時間を過ごす。

アユム1歳8ヵ月,「ミニアキラ」と学生たちが呼んでいる。父親アキラに性格が似ているという。素直で,単純で,さっぱりとした気性なのだが,少し意気地がない。

アキラはいつもアイにやり込められている。アユムも,男らしく振る舞うのだが,何かあるとすぐに「おかあちゃーん!」という感じで母親に抱きつく。大人と同じように何でも食べるし,硬いものもかじるが,まだお乳も吸っている。

野生チンパンジーは,大体生後3年半ほど母乳を吸っている。夜寝るときは,木の上のベッドで母の胸に抱かれて眠る。出産は約5年に1度。従って生後の5年間ほど,子供は母親を独占する。その間に,母親や周りの大人からいろいろ学んで,枝を折り敷いてベッドを作ったり,石器など様々な道具が使えるようになる。

野生チンパンジー13組の母子を見た経験と,アイたち3組の母子を身近に観察してきた経験を重ね合わせると,チンパンジーの子供の成長とともに,周囲からの子育て支援の姿が浮かび上がってくる。まず生まれてから3ヵ月間,チンパンジーの母は,昼も夜も子供を抱いている。片時も手離すことはない。生後半年くらいから,子供が徐々に母親から離れて他のチンパンジーたちとの付き合いを広げてゆく。

約5歳年長の兄や姉がいる場合は,彼らが最初の遊び相手だ。いない場合は,母親と特に親しいチンパンジーがその役割をする。ちょうど1歳のころ,アユムはペンデーサおばさんに抱かれるようになった。母親アイの幼なじみである。パルはポポおばさんに抱かれるようになった。母親パンの実の姉である。クレオは母親クロエにそうした仲良しがいないので,まだ誰にも抱かれたことがない。

野生チンパンジーでは,母親が病気で死んで子供が残ることがある。大抵は年長の兄姉がその子の面倒をみる。母親と同じように抱きしめ,毛づくろいをしてやる。夜は同じベッドに寝る。そうした身寄りがない場合は,よそのおばさん,特に子供を持たない大人の女性が面倒をみる。

興味深いのは,ジェーン・グドールさんがアフリカのゴンベで観察したメルとスピンドルの場合だ。メルがまだ3歳のころ,肺炎が流行してメルの母親が死んだ。メルはあいにく一人子だった。母親の死後2週間ほど,孤児メルの様子は見るもあわれだった。ところが,スピンドルという12歳のまだ若い男性が,メルを育てるようになった。メルと血のつながりはない。背中に乗せ,おなかにしがみつかせて運び,夜も一緒に過ごした。

なぜスピンドルはメルの面倒をみたのか分かちない。ただ,スピンドルも同じ3歳のときに母親のスプラウトを亡くした孤児だった。幼い日の記憶は残る。メルの面倒をみることで,彼もまた癒やされたのかもしれない。

この記事は, 毎日新聞 連載"松沢哲郎のチンパンジーは進化の隣人" 2001年12月17日の、 『周囲からの「子育て支援」』を転載したものです。