しからない,たたかない

アイとアユム,チンパンジーの母親が子供を育てる様子を見てきた。この1年8ヵ月,ほぼ毎日を共に過ごしてきて最初に抱く感想は,「チンパンジーのお母さんは偉い」ということだ。

チンパンジーの母親は,生後3ヵ月ころまで子供をいつも胸に抱いている。びろうな話だが,おしっこもうんちも垂れ流しなので,おなかのあたりはいつもぐっしょりとぬれている。今でこそ,日中の大半を親子は離れて過ごす。子供が遊びまわっている。でも目を離すことはない。フッフッと心細げな声を子供が上げると,母親がすぐにすっ飛んでくる。授乳はまだ続いているし,夜は胸に子を抱いて寝る。

同じ母親といっても個人差がある。クロエは乳首に吸いつく子供の頭をときに押し下げる。授乳拒否だ。でもそれ以上のことはない。パンは,しがみつく子供の腕を両手ではがして,ひょいと横に置くことがある。「まとわりつかないで」という感じだ。でも子供がむずかればしっかり抱きしめる。アイにはそうしたことがない。しかし3人の母親に共通していることは,けっしてしからない,たたかない,ということだ。親が子供をたたく場面は一度として見なかった。

野生チンパンジーの母子を思い出してみる。やはり子供をせっかんすることはない。大人同士は,あきれるほどよくけんかする。1日1回は大声を上げてわめき,大げさな悲鳴を上げ,歯をむき出してかみつこうとしたり,手でたたいたり足でけったりする。生傷も絶えない。でも,そうした攻撃性が子供に向けられることはない。

チンパンジーの「狩猟」「肉食」「子殺し」などがテレビ番組で放映される。しかし,私が見ている西アフリカ・ボッソウのチンパンジーはベジタリアンと言ってよいほど,ほとんど肉は食べないし,狩猟もしない。子殺しは,25年に及ぶ観察期間中一例もない。確かにチンパンジーの社会には,人間の社会と同様に,攻撃によって死に至らしめるような暴力がある。しかし,それはまれな出来事だ。チンパンジーの母子の日常を見ていて誰もがすぐ気づくのは,親子の愛着の深さ,そのきずなの強さだろう。

撮影:平田明浩.提供:毎日新聞社
抱き上げられてほほ笑むアユム

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チンパンジーの心の研究をしてきた。1歳のアイと出会って24年が経過した。「チンパンジーには,この世界がどのように見えているのか」という素朴な疑問から研究が始まった。アイは文字を覚え,数字を理解するようになった。コンピューターの画面の中に彼女の知性を求める研究である。その一方で,アフリカの森に暮らす野生チンパンジーの自然な暮らしを見てきた。石器を使ってナッツを割る文化を持ったチンパンジーたちである。

心と暮らしの研究を基礎に,現在では,チンパンジーという「進化の隣人」のまるごと全体を知りたいと思う。一言で言えば,「チンパンジーのコミュニティーを再現する研究」を目指している。チンパンジーの親が,チンパンジーの子供を育てる。3世代の親子がいて,仲間と暮らす。一見,何でもない,ごく当たり前のようなことだ。しかし,そうした当たり前の姿をしっかりと見ることは意外に難しい。

アイとアユムたち,1群14人のチンパンジーのコミュニティーとともに暮らす日々を通して,人間とチンパンジーが深く理解しあえることを学んだと思う。親や仲間との暮らしの中で,アユムたち3人の子供が成長してゆく。チンパンジーについてさらに多くのことを彼らが教えてくれるだろう。

今月末から来年1月中旬にかけアフリカに行くため,その準備を進めている。ボッソウには1群20人のチンパンジーが暮らしている。今年生まれた女の子ヴェヴェと,男の子フォーカイエに会うのが楽しみだ。アフリカの森で彼らの暮らしを見守り,犬山の部屋で彼らと向き合って過ごし,チンパンジーの心の奥まで届く研究を積み重ねたい。

この記事は, 毎日新聞 連載"松沢哲郎のチンパンジーは進化の隣人" 2001年12月24日の、 『【最終回】手本を示し見守る教育』を転載したものです。