時間の使い方を見て、自分自身を知るくふうについて話したい。高校三年生の夏休みに一念発起して始めた、方眼紙を使う「一ミリ六分間勉強法」が元になっている。

ふつうの方眼紙を横長に置く。左端に日付を書くと、残りは二十四センチ。これを一日に見立てる。0、6、12、18、24時と欄外に刻む。そして幅一センチの横一行に一日の活動を記録する。朝起きた時刻のところに縦線を引く。夜寝るときの時刻にも縦線を引いて寝る。一ミリは六分間、それが生活の単位になる。翌日は次の行だ。

勉強を始めるときに線を引き、終えたところにまた線を引いて、英語を勉強したのなら、その時間帯を赤く塗りつぶす。数学を勉強したら青、国語は桃、社会は緑、理科は黄色。数日続けると方眼紙はまだらに染まっていく。勉強しないとその日は二筋の縦線だけ。空疎な感じがする。逆に、色で埋まった日は、勉強したという充足感がある。二十日もすると一枚の用紙が尽きる。次の用紙の端を落とし糊づけして下に続ける。長い巻紙が背丈ほどの長さになったとき受験を迎えた。

方眼紙を使った勉強法には受験参考書用の応用編もある。買ってきたら、まず全体を一暼し目標をたてる。二百四十ページの本を三十日でしあげると決意したとしよう。そうすると、方眼紙の真ん中に図を描く。横軸が日数、縦軸がページ数。そして、原点と、三十日で二百四十ページの点とを結ぶ。一日あたり八ページの勾配をもつ右上がりの斜線である。あとは毎日、何ページまで終えたかを図に記入する。順調に毎日勉強すれば基準の斜線にほぼ添って右にあがるグラフとなり、勉強を休めばグラフは水平に進むので斜線からどんどん逸脱してしまう。

本人としてはごくまじめなのだが、振り返ってみて、ちょっと滑稽な感じのする日々である。上記の勉強法には三つの要点があると思う。少しずつでもよいから毎日する。その日々の努力を時間配分や到達度として記録に残す。そして記録をもとに自分で自分をほめることである。「勉強」を、「ダイエット」や「練習」や「しごと」に置き換えても同じだろう。

残り時間の少なさに気づき、多忙を自覚するようになった年ごろに、高校生のときのアイデアに立ち戻って毎日の記録をつけ姶めた。今度は、A4判のふつうの大学ノートだが要領は同じだ。夜寝ているときは黒の斜線、チンパンジーを相手の研究の時間は赤、講義・セミナーや読書・論文書きなどの時間は緑、人と面談したり会議をしたりしている時間は青、と塗り分けた。こうした記録は、行動研究の分野で、「活動時間配分(アクティビティー・バジェット)」と呼ばれている。時間配分を記録してみて、けっこう「青」の時間が多いことに驚いた。年々「接客業」になっていることがよくわかる。

人は平等だというが、生育環境、才能、財産そのどれをとってもけっして等しくはない。ただ、だれもが必ずいつか死ぬし、一日に与えられている時間の長さは等しい。それをどう過ごそうがその人の勝手だ。しかし、もし自分がどういう人間なのかを自身がよく知りたいならば、活動時間配分の記録をつけることを勧めたい。

この記事は,京都新聞 連載"現代のことば" 2000年09月28日の、 『時間配分を記録する』を転載したものです。