新宿の瀟洒なホテルのレストランでパスタを食べた。こってりとした白いクリームのかかった細い麺だった。ふと、思った。「どこかで食べたことがある」。学生時代に冬の山で食べた夕食の味だ、と思い当たった。

十一月から三月までが雪山の季節である。靴にアイゼンをはき、ピッケルをもって山に登る。山岳部では、十一月末、年末年始、そして学年末の三月に雪山へ行く。山行の準備は「ペミカン」と呼ばれる食料作りから始まる。田中の公設市場に買出しに行く。ラードと呼ばれる豚の脂肪を精製したものを買ってくる。見かけはバターに似た油の塊だ。安い。それから砂肝を買う。ニワトリの肝臓だ。これも安い。そして小麦粉。部室の裏手にある大学の生協の食堂が、そのころはのどかなもので、夜の調理場を貸してくださった。と記憶しているが、勝手に使ったのかもしれない。

鉄なべにラードを入れて溶かす。しゅんしゅんとたぎったところで砂肝を入れる。頃合いを見計らって小麦粉を加えながら、木のへらでかき混ぜる。こんがりときつね色に焦げたら「ペミカン」のできあがりだ。冷ました固まりをスプーンでとってポリエチレンのチューブに入れ、きっかり百グラムをはかる。そこでいったんチューブをしばって、次の百グラムを入れる。二週間の山行なら、十四個の数珠つなぎになったものができる。これが夕食のスープの下味になる。主食は「くずラーメン」だ。山科の工場まで買出しに行く。ふつうのラーメンだとかさばる。少しでも荷物を小さくするために、わざわざ手で握りつぶして容積を小さくしていた。そもそも製麺の過程で裁断くずができることをだれかが調べてきた。一キログラム五円で手に入る。二十キログラム入りの大きなカートンボックスで百円。豚のえさになるそうだ。

野菜は水分が多く、重くてかさばる。さっとゆでて天日に干し、乾燥野菜を作る文化が北大山岳部から伝わってきた。珍重されたのはみかんの皮だ。みかんを食べたあとの黄金色の皮を集め、五ミリ角ほどに切り刻んで千す。からからに乾くと軽いしかさばらない。いかに食料をきりつめるか。軽く、小さく、安く。あらゆる知恵をしぼって、それを極限まで追求した。

冬山。北アルプス三千メートルの稜線の烈風に顔が凍えた。北海道の山はさらに寒く、気温は零下二〇度にも下がった。一日の最後に、テントで膝を寄せ合って夕食のなべを囲む。

ラジウスと呼ばれる小型の石油コンロがゴーゴーと音を立て、なべの中の雪がみるみる溶けて水になり、やがて湯気を立てる。そこにペミカンを入れ、市販のクリームスープの粉を入れて塩コショウで味を調え、くずラーメン、乾燥野菜、そして最後にみかんの皮を入れる。ほのかにみかんの香りがした。

みなで均等に分けて食べても最後になべが残る。「じゃんけん、ぽん」「あいこで、しょ」、勝った者がなべをさらう。スプーンひとさじほどの量でしかなかったが、しあわせだった。テントの寝る場所もじゃんけん。何でも、最後はじゃんけんで決めた。

シストランの喧騒の中で青春を思い出した。ひたむきな姿が、滑稽な分だけ痛ましい。

一口のパスタが喉につかえた。

この記事は,京都新聞 連載"現代のことば" 2001年11月20日の、 『じゃんけんぽん』を転載したものです。