昨年九月に続いて、年末年始の一ヵ月間をアフリカで過ごした。ギニアのニンバ山麓、ボッソウ村の森に住む野生チンパンジーの調査である。

前回おなかが大きかったジレが、十月初めに子どもを産んでいた。現地の助手たちが相談して、ジマトと名づけた男の子である。彼らの言葉で、ジレは「道」、ジマトは「わき道に入る」という意味だ。親から子へ、未来につながるイメージが膨らんだ。

生後二―三ヵ月のころ、チンパンジーのあかんぼうはさかんに声を出す。とくにジマトは、これまで見てきたどの子よりも元気よく大声を出した。だれかの声が聞こえると、ゲォッゲーッと応える。だれかが顔をのぞき込むと、それに対してもグォッグォッ。

人間の子どもも、バブバブと意味不明の多様な声をさかんに出す時期がある。「なん語(バブリング)」と呼ばれる音声だ。その時期を経て、一歳くらいで「マンマ」というような意味をもった言葉をしゃべるようになる。チンパンジーにも「なん語」期があるようなのだが、それが言葉に結びつかずに消えてゆく。ジマトの声の変化の行方が興味深い。

ボッソウの群れは現在十九人だ。ジマトの上に二〇〇一年生まれの子が二人いる。この一歳半ばの子たちも面白かった。ふたりの母親がともに若く、それぞれおばあさんがいる。三世代のチンパンジーである。おばあさんが孫の子守をしていた。チンパンジーの母親は、赤ん坊が小さい時は、昼も夜もいつも胸に抱きしめている。子どもが大きくなって自分で歩けるようになると、母親以外のなかまが子どもを抱くようになる。今回の観察で、おばあさんの存在の重要性が再確認できた。

たとえばこうだ。ボッソウのチンパンジーは、石器を使ってアブラヤシの硬い種をたたき割って、中の核を取り出して食べる。母親一人だと、抱いた子どもに片手を添えたりするため、もう一方の手でしか石と種とを扱えない。種を台石に乗せ、ハンマー石を取り上げ、種をたたき割り、いったんハンマー石を傍らに置いてから、核を取り出して食べる。すべてを一方の手だけで順にこなす。ところが、おばあさんが子守をしてくれると、両手が空く。ハンマー石を片手に握ったまま、もう一方の手で種と核を扱い、効率よく種を割ることができる。

継続は力だ。同じ場所で、同じ石器使用の状況を撮影した十年以上前のビデオ記録がある。母親がまだ子どものころ、若き日の祖母はどのような子育てをしたか。今度はその子が親になって、自分の子どもをどう育てているか。祖母と母の関係は、母と子の関係にどう投影しているのだろう。そうした時代を超えた比較も可能になった。

日本に帰ると、一群十四人のチンパンジーたちが待っていた。愛知県犬山市にある京大霊長類研究所で、母親アイと息子のアユムをはじめ三組の母子に焦点を当てた観察を続けている。アフリカと日本で、彼らと日々の暮らしをともにしながら、チンパンジーという「進化の隣人」のことをもっと深く知りたいと願っている。

この記事は,京都新聞 連載"現代のことば" 2003年01月28日の、 『チンパンジーの子育て』を転載したものです。