日曜日の昼下がり、アユムがカエルを捕まえた。三歳二ヵ月になるチンパンジーの男の子である。体長一五センチくらいの大きなカエルだった。ウシガエルだろう。毎晩、ウシの鳴く声のような低音で遠くまで饗き渡る、ヴォー、ヴォー、ヴォォォォーという声がよく聞こえてくる。

アユムは、片足で踏みつけ、肢をもって振り回した。右手でたたいて、アユムの方が飛びのいた。カエルの皮膚の感触に驚いたのかもしれない。そこにパルとクーちゃんがやってきた。同い年の遊び仲間の女の子である。

パルがそっと左手を伸ばして、人さし指でカエルをあおむけにひっくり返した。さらに右手で投げるようにひっくり返した。カエルはヒイラギの木の茂みまで飛ばされた。引きずり出して、さらにひっくり返す。逃げようとするところを、右手でカエルの首のあたりをつかんで、二足で立ってパルが走りだした。脱兎のごとく走りながら、下手投げで中空に放り投げた。落ちてきたところをまたつかんで前方に放り投げた。そして右の後肢をもったまま、頭から池に漬けた。

クーちゃんは、ずっとパルのあとをついてようすをみていたのだが、パルがカエルを池に漬けたところで、自分も右手を水中に入れてバシャバシャと動かした。パルが手を離した拍子に、カエルは無事に池に戻った。カエルには、とんでもない災難だった。この一部始終を、アイたちおとなのチンパンジーが見ていた。ただし傍観するだけで、参加もしないし、制止もしなかった。

西アフリカ・ギニアのボッソウ村の近くの森に住む野生チンパンジーたちを思い出した。野生チンパンジーは狩猟をし、ダイカー(シカの仲間)やサルやイノシシを捕まえてその生肉を食べる、と言われている。しかし、ボッソウのチンパンジーたちはおおむね「ベジタリアン」で、獣の肉を食べない。今年の一月、ダイカーの子どもをチンパンジーが捕まえた。引っ張りっこをして遊ぶ子供たちのすぐ横で、おとなたちは静かに座っていた。

ハイラックスと呼ばれるイワダヌキのなかまを捕まえたことがあった。若者たちがもてあそんで絶命させた。九歳になる女の子が最後に死体を拾い上げた。肩に担いだり、わきに抱えて、大事に持ち運んだ。顔のあたりを丹念に毛づくろいする。夜は、樹上のベッドで一緒に寝た。お人形さんごっこのようだった。チンパンジーの子どもたちは、身の回りの生き物を素材にして、遊びを通していろんなことを学んで行くのだろう。

わたしも小さいころ、たんぼでカエルを捕まえた。とぐろを巻いている卵を棒の先ですくってみた。小川でザリガニを釣って、ハサミに気をつけながら胴のところを持ってバケツに移した。今の子どもたちは、こうした生き物との生き生きとした交流をどれだけ経験するのだろうか。それなしに、ただ臓器のことや、細胞やDNAについて学ぶのだとしたら、味気ないだろうなと思った。

この記事は,京都新聞 連載"現代のことば" 2003年07月31日の、 『カエルと遊ぶ』を転載したものです。