今年のポケットゼミが終わった。正式名称は全学共通科目・新入生向け小人数セミナー。京大が一回生だけを対象におこなっているユニークな授業である。上級生には受講資格がない。五ないし十人程度の一回生を相手に、毎週一回セミナー形式で、先生と学生がひざを突き合わせて講義するのが典型的なイメージだ。入学早々に専門の勉強の雰囲気を味わうことができる。

九八年に始まった試みである。京大の先生が京大の学生に講義するのだから、特に手当ては出なかった。先生が自発的に授業を一こま多く持つことになる。京大の教授・助教授は約千七百人いる。最初の年、大学が呼びかけたところ、九十六のポケットゼミが提供された。わたしもその一人だった。

霊長類研究所は愛知県犬山市にある。さすがに毎週一回京都まで出向いて講義するのは負担だ。そこで、夏休みに集中的に犬山でおこなう合宿形式とした。「チンパンジー学実習」と題した。開講のねらいは三つある。第一に、チンパンジーを間近に見てその存在を自分の眼や耳や鼻や手で実感する。第二に、チンパンジーの認識や行動の研究に実際に参加して、研究という営為を体験する。第三に、そういう研究をしている研究者とはどういう日常を送っているのかをつぶさに見る。

多数の学生を参加させるのはむずかしいので、志望動機の作文をもとに五名を選んだ。月曜日から土曜日まで、一週間、研究所の宿舎に寝泊まりしてもらう。朝七時四十五分、わたしの出勤にあわせて部屋に来る。そこからまる一日、わたしにぴったりとくっついて過ごしてもらう。チンパンジーと同室で対面しての検査や、コンピューターに向かっておこなう実験に参加してもらう。大学院生の指導や英書講読の時間にも付き合う。朝から晩まで一緒に過ごし、学生が作った遅い夕食を一緒にいただく。翌日も同じことの繰り返しだ。

こうした方法は、野生チンパンジーにおける石器使用などの文化の伝承メカニズムに似ていると思う。おとなは手本を見せる。しかし手出しはしない。一方、子どもの側には、「おとなと同じことをしたい」という本来的な強い動機づけがある。おとなのうしろ姿を日々間近に見て、その群れに固有な道具の使い方や出会いのあいさつのしかたなどを、子どもたちは学んでゆく。

六期生を迎え入れるにあたって、新しいアイデアとしてフィールドノートを導入してみた。アフリカでの野外調査と同様に、てのひらにすっぽり入る小さなノートを渡して、とにかく細大漏らさずなんでもメモしてもらうのだ。幸い、研究所の展示室には、故伊谷純一郎先生のフィールドノートが展示されている。幸島のニホンザルの調査、アフリカのゴリラの調査、そして十八歳のときの野鳥観察のノートもある。そうした実物を見せ、「これがフィールドノートだよ、あとは自分で考えて」と言った。

感心したのだが、五人ともいつも熱心にメモをとっていた。中は見ていない。でも、夏の終わりに届いたレポートからは、臨場感、細部に行き届いた視線、整理された考えが読み取れた。じつは、こうした学生たちの後ろ姿を見て、わたしも日々、小さなノートを携行するようになった。実際、文字に書き写してみると、見慣れたはずの光景にも改めて気づく新鮮なものがある。この夏の五人組が残していってくれた新しい習慣である。

この記事は,京都新聞 連載"現代のことば" 2003年10月01日の、 『ポケットゼミ』を転載したものです。