日本語/English
2007.12.03

チンパンジーの子どもの記憶は人間のおとなよりも優れている

Working memory of numerals in chimpanzees.

Sana Inoue, Tetsuro Matsuzawa
DOI: 10.1016/j.cub.2007.10.027
Primate Research Institute, Kyoto University

Abstract

カレント・バイオロジー誌12月3日号に論文が掲載されました(Inoue, S. and Matsuzawa, T. 2007, Working memory of numerals in chimpanzees, Current Biology, 17(23): R1004-R1005)。標題の直訳は、「チンパンジーにおける数字の作業記憶」で、井上紗奈・松沢哲郎の共著です。「チンパンジーの子どもの記憶能力が、チンパンジーのおとなよりも、さらには人間のおとなよりも優れている」ということを示した世界で最初の発見です。

コンピュータのマスキング課題にとりくむチンパンジーのアユム
コンピュータのマスキング課題にとりくむチンパンジーのアユム。コンピュータ画面に出てくる数字のうち最少のものに触れると他の数字は白い四角形で置き換わります。

カレント・バイオロジー誌12月3日号に論文が掲載されました(Inoue, S. and Matsuzawa, T. 2007, Working memory of numerals in chimpanzees, Current Biology, 17(23): R1004-R1005)。標題の直訳は、「チンパンジーにおける数字の作業記憶」で、井上紗奈・松沢哲郎の共著です。「チンパンジーの子どもの記憶能力が、チンパンジーのおとなよりも、さらには人間のおとなよりも優れている」ということを示した世界で最初の発見です。

これは京都大学霊長類研究所で2004年4月からおこなってきた研究をまとめた成果です。チンパンジーの母子3組と人間のおとなの記憶を同じ装置で同じ手続きで比較しました。まずチンパンジーに1から9の数字の順番を教えました。そのうえで、コンピュータのディスプレイに出てくる数字を見て瞬間的に記憶する能力を測ったものです。

こうした記憶の測定をする前提として、数字の順番についての知識を与えました。つまり、チンパンジーに1から9までの数字の系列を学習してもらいました。次のような方法です。チンパンジーが「問題ください」を意味する白い○に触ると、コンピュータ画面に1から9までの数字がばらばらに出てきます。その数字を順番に指で触れていく課題です。

チンパンジーの子どもが4歳のときにこうした勉強を始めました。毎日25分間ほどコンピュータの前に座って数字の勉強をすると、6か月後の4歳半ころには、子ども3人は、みな数字を1・2・3・・・8・9と順番に選べるようになりました。

同じときに勉強を開始した母親たち3人も(アイだけは前から数字系列を知っていますが)、同じだけの勉強時間をかけて、この数字の「系列課題」を学習しました。つまり、チンパンジーはみな1から9までの数字の順番を学びました。なお、1から9の順番の勉強をすると、2・3・5・8・9というような隣り合わない数字についてもその順番を正しく理解しています。

そこで、数字の系列を知っているというその知識を利用して、瞬間的な記憶能力をチンパンジーと人間で比較して調べました。チンパンジーの子どもたちが5歳半のころにテストを始めました。まず「マスキング課題」と呼ぶ記憶課題で比べてみました。

コンピュータ画面に出てくる数字のうち最少のものに触れると他の数字が白い四角形で置き換わります。もとの数字の順番に白い四角形に触れることができれば正解です。これができるためには、画面のでたらめな位置に出てくる数字をみて、どの数字がどこに出ていたかを記憶する必要があります。数字の数が増えていくとむずかしさが増します。チンパンジーの子どもの方が、人間のおとなよりもすばやく正解できることがわかりました。チンパンジーの子どもは3人とも一瞬みただけで、どの数字が、画面のどこにでてきたか記憶できます。いちばん成績の良かったアユムは、9個の数字を約0.7秒でほぼ正確に記憶できます。人間のおとな(大学生)は、だれもできません。

しかし、このマスキング課題だと、人間のおとなはゆっくり時間さえかければ、かなりの個数まで記憶できます。そこで新たに考案した「時間制限課題」という記憶課題で、チンパンジーの子どもとチンパンジーのおとなと人間のおとな(大学生9人)の記憶の成績を、同じ装置で同じ手続きで厳密に比較してみました。この課題では、数字が一瞬間だけ画面に出てきます。画面に出てくる時間は、650、450、210ミリ秒の3条件です。最短の210ミリ秒だとサッケードと呼ばれる眼球運動が起こらない時間です。つまり、眼を動かして数字の位置を確認できません。


チンパンジーのアユムと違って人間のおとなでは9個の数字を一瞬に記憶することはとてもできません。そこで、ぎりぎりできるレベルで5個に制限してみました。つまり、画面に一瞬だけ、ばらばらな場所に5個の数字が提示されます。人間のおとながこの課題をすると、提示時間が短くなるにつれて成績(正答率)がさがります。3人のチンパンジーのおとなのばあいもそうでした。ところが、チンパンジーの子ども(アユム)では、そうでありませんでした。提示時間に関係なく高い正答率です。最短の210ミリ秒で比較すると、人間のおとなは誰一人として、アユムにかないませんでした。

さらには、こうした一瞬見ただけで細部を記憶できる記憶力が10秒間以上続くこともわかりました。たまたま問題がでた直後に外で騒ぎがあって、そちらに気をとられていて10秒後でも正解するのです。

以上のように、われわれの研究から、「チンパンジーの子どもの記憶力が、人間のおとなよりも優れている」ことが証明されました。この現象は、人間の子どもで知られている「直観像記憶」にきわめて似ています。人間でも、一瞬見ただけの複雑なパタンの細部を正確に記憶できる子たちがごくまれにいます。年齢があがるとその能力が減退することもわかっています。チンパンジーの子どもは3人ともこの直観像記憶をもっていることがわかりました。

Abstract

Chimpanzee memory has been extensively studied [1,2]. The general assumption is that, as with many other cognitive functions, it is inferior to that of humans [3]; some data, however, suggest that, in some circumstances, chimpanzee memory may indeed be superior to human memory [4]. Here we report that young chimpanzees have an extraordinary working memory capability for numerical recollection - better even than that of human adults tested in the same apparatus following the same procedure.

 組写真は、記憶課題(マスキング課題)で、数字の1を触ると他の数字が白い四角形に置き換わり、それでも数字の位置を正確に記憶していることを示す。被写体: アユム、5歳半(2000年4月24日生まれ)

プロジェクト概要動画
クリップ0、数字の1と2の区別:数字の1だけ
クリップ0、数字の1と2の区別:数字の1と2の区別を始める
クリップ0、数字の1と2の区別:数字の1と2の区別ができた
数字の1から9まで順番にさわる
マスキング課題、アユム、9個の数字
マスキング課題、クレオ、6個の数字
マスキング課題、パル、6個の数字
時間制限課題、人間のおとな、5個の数字で210ミリ秒提示
時間制限課題、アユム、5個の数字で210ミリ秒提示
エピソード:記憶が10秒間も保持されている
実験風景
Article Information
Inoue S, Matsuzawa T (2007)Working memory of numerals in chimpanzees. Current Biology , Volume 17, Issue 23, R1004-R1005. https://dx.doi.org/10.1016/j.cub.2007.10.027
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